大村はま没後20年、大村はま記念国語教育の会設立20周年記念刊行
『師をもつということ』堂々完成
挑戦を積み重ね、記録し続けてきた本会の20年が、会報「はまかぜ」特別号「渦中」を軸として編まれて、一冊の本になった。『師をもつということ』という書名は、大村はま先生の主著の一つ『教えるということ』へのオマージュともなっている。「師」と仰ぐ人を胸に置きながら歩むことの熱さ、確かさ、良さと安心とがさまざまな形で繰り返し波のように語られる。多面体を有機的に編んでいく編集のあり方は、大村はまらしさの一つの現れと言えるだろう。過去の20年を振り返ることと同時に、今の、そしてこれからの言葉の教育、教えるという仕事について、深く考えることを促される本となった。ぜひお読みください。
『師をもつということ』
総ページ数428ページ 小学館スクウェア 2000円(税込み)
オンライン書店にて購入可。限定500部
本書目次より
第1章 師をもつということ―大村はま先生とわたしたち *大村はま先生略年譜 *本会の歩んだ20年
第2章 渦中を記録する *コロナ禍の報道より 1、コロナ禍の日々を綴る 2,コロナ下の教室の奮闘 3,進行するデジタル化
第3章 実践をもって提案する 1,実践のバトンをつなぐ 2,大村はま奨励賞受賞実践抄録
第4章 大村はま実践の研究と継承 1,大村はま研究 2,次へとつなげる試み 3,全集を読み解く
第5章 記録し、表現し、創作する *子どもの作品 *短歌・俳句・詩 *随想 *大村はま作品
今年は横浜の中心で会いましょう!
2026年度研究大会はゆかりの横浜市開港記念会館で10月10日(土)開催決定。申し込みは9月スタート。ぜひご期待を!
深く心に残った25年度東京大会
20周年にふさわしい充実
2025年10月25日、設立二十年を記念する研究大会 東京大会が、専修大学神田キャンパスの立派な黒門ホールを会場として堂々の開催となった。大会テーマは「今、ことばを育てる教室の原点を求めて」。雨模様の中、期待の表情を浮かべて約200人が集まった。 熱意あふれる実践・研究発表や対談、講話に、青森から沖縄まで、全国から集まった200人の参加者の集中は途切れることなく、心地よい静けさと落ち着きが会場を包みつづけた。
この東京大会の実際の記録は会報「はまかぜ」61号(2026年3月5日発行)にかなり詳しく掲載されている。実践研究発表は横浜市立立川小学校の佐藤勇介氏、青山学院中等部の達富悠介氏、講評は幾田伸司鳴門教育大学教授。午後の部の大村はま研究は寺井正憲千葉大学名誉教授、田中宏幸広島大学名誉教授、望月善次岩手大学名誉教授、甲斐雄一郎本会会長により、多方面から描き出され、21年目への大事な指針となった。
20周年大会特別対談 「言葉の舟に乗って心を旅する」全記録会報掲載
作家 小川洋子さん × 苅谷夏子

対談「言葉の舟に乗って心を旅する」への小川洋子さんのメッセージ
今は、一瞬で自分の言葉を世界中に届けられる時代です。だからこそ、言葉の重みをかみしめ、それを受け取る相手の心を想像する、無言の忍耐力が求められている気がします。そんな時代に生きる私たちに、文学がどんな恵みをもたらしてくれるか、皆さんと考える時間になれば、と願っています。 小川洋子
このメッセージからスタートし、参加者がとりわけ楽しみにしていた対談は、期待通りの深い手ごたえを残した。会報「はまかぜ」62号にこの対談のすべてが掲載となった。言葉を交わすことの静かな豊かさが紙面からも立ち上がってくるようだ。会報は本会会員のみに配布となっているが、会員外でご希望の方には部数に限りはあるが差し上げることも可能。本会事務局までご連絡を。
第10回大村はま奨励賞は木下綾子氏
東京大会において、第10回大村はま奨励賞の授与式が行われた。受賞したのは、神奈川県綾瀬市綾北中学校の木下綾子氏。受賞論文は「絵本で出会ったSDGsを語る―本の中のSDGsから私の身近なSDGsへ―」。その着眼の確かさと実践の足取りの誠実さは審査員に高く評価された。
木下氏には甲斐雄一郎会長が心を込めて綴った賞状と副賞賞金10万円、そして多くの人のあこがれを集める「黄金の椅子」復刻版(帝国器材株式会社寄贈)が、満場の拍手とともに贈られた。若々しい木下氏の声を震わせて語る受賞スピーチに、参加者も心を揺さぶられた。
木下氏の受賞論文の抄録と受賞挨拶、審査員講評は、「はまかぜ」62号に掲載された。
第11回大村はま奨励賞に積極的なご応募を!
2026年度、大村はま奨励賞は第11回を迎える。ぜひ積極的なご応募を。締め切りは8月末日。応募時に45歳以下であることが条件となる。募集要項は「はまかぜ」62号に掲載。また本会ホームページにも掲載されているのでご覧いただきたい。
副賞の「黄金の椅子」(帝国器材株式会社提供)は、本年度は甲斐伊織氏が手にした。「子ども一人ひとり」の象徴ともいえる美しい椅子である。次は誰に贈られることになるだろうか
【考えるヒント60】
いきいきと話させようとして、「いきいきと話しなさい」というのは、あまりにもろこつで、なまなことば、しろうとの指導だという気がいたします。あまりにも芸のない、安易なことばと思われます。何回も何回も「いきいきと話す」ようにと注意してきたことを思いますと、そのいきいきと話しなさいということばが、いかに力がないか、わかります。その無力無効とわかっていることばをくり返すということは、専門職はともかく、人間としてすまないと思いました。
《考えるヒント》はどんどん更新されますが、古いものは「大村はまのことば」のページに加えられていきます。思考をぐらりと揺らすことばに出会っていただけますように。
大村はま記念国語教室のご案内
大村はま記念国語教育の会は、2005年、大村はまの死去の後、その業績と思想に学び、検証し、実践に結びつけたいと念じた仲間が結成した研究団体です。初代会長は倉澤栄吉氏、第二代会長は湊吉正氏で、2023年より第三代会長甲斐雄一郎のもと活動しています。会員は全国各地に、およそ250人ほどいます。2013年には、イギリスにロンドン勉強会も発足しました。
教育の現場は社会の変化を受けて、実にさまざまな課題を抱えています。多くの教員が、仕事に忙殺されながら、それらの課題を前にして苦闘しているというのが現実です。大村はまという先達に注目して考えていくことによって、一つの「ぶれない軸」を見出すことができます。そういう軸を持って現実に向かっていくことで、子どもを育てる仕事を一歩一歩進めていきたいと考えています。
この会の主な事業は次の通りです。
・研究大会の開催
・会報「はまかぜ」(年3回)の発行
・各地の勉強会への助成、協力
・大村はま奨励賞の授与
・本ウェブサイトの運営
・その他
「ことばを育て人を育てた国語教師・大村はま」の実践に学ぼうという方を歓迎します。
年会費は4000円(入会金不要)で、入会資格は問いません。
入会のお問い合わせは下記事務局までどうぞ。
大村はま記念国語教育の会事務局 hokokugo@gmail.com
学びひたり
教えひたろう
優劣のかなたで。出典:大村はまの遺作「優劣のかなたに」
第四世代とともに
大村はま記念国語教育の会第3代会長 甲斐 雄一郎
大村はま先生をめぐる国語教育関係者には、截然と区分できるわけではありませんが、おおむね四つの世代を想定することができるように思われます。
このうち第一世代を大村先生と同時代の国語教育を考えるお立場として、大村先生と共に将来を展望し、現実の課題を確認し、その取り組みについて検討し合う関係にあった方々、第二世代を大村はま国語教室に参入し、また先生の研究会でご指導をいただいたことに基づいて、大村はま国語教室の生き生きとした描写に基づいて、大村はま国語教室の意義を明らかにしてくださった方々、とします。
第三世代とは、1980年3月の先生のご退職に伴って大村はま国語教室への参入がかなわなかった世代です。ご退職の翌月に国語教育を専攻する大学院に進学した私などがその世代の一人になります。しかし本会の前身としての「大村はま国語教室の会」などにおける講話や、研究発表等へのご指導をうかがう機会はありましたし、全集に加えて学習記録2000冊以上を閲覧可能なかたちで整えてくださっている鳴門教育大学附属図書館大村はま文庫など、第一世代、第二世代の方々のご尽力によって整った環境で学ぶことがきました。
そして2005年、大村先生ご逝去前後以降に国語教育の世界に参入された方々をここでは第四世代とします。全集は現時点では入手困難ですし、現在の国語教育を取り巻く環境と大村はま国語教室が展開された時代との違いを指摘することもたやすいことです。これからはこうした環境においてさまざまな知見を共有していくことが求められることになります。
大村先生の実践に学び理想を検討することの重要性はいうまでもないことですが、こうした環境において、本会の目標はその先にすえる必要がありそうです。個性化を実現するための視点の確認、個別の単元からの構造の抽出、単元相互の布置の論理など、大村先生の実践からの純粋理論の抽出などは、今こそ解明が待たれる課題といえそうです。そしてそれらの検討を通じて、先生がもし現在のこの環境におられたら、私たちが直面するさまざまな事態をどのように眺め、どのようにテーマを設定し、どのような単元を展開したか、ということを検討するための手がかりを得ることにつながることでしょう。
本会では会員各位の多様な取り組みが期待されますが、そのような取り組みの共有を通して、このような目的に達することも本会のねらいの一つと考えたいと思います。
皆様の積極的なご参加を心から期待いたします。
半分中学生の祈り
本会新理事長 事務局長 苅谷夏子
大村国語教室のこと、大村はま先生のことを伝えることを自分の役割と思っています。呑川のささやかな流れを見下ろす大田区立石川台中学校の図書室で過ごした日々にあったものは、きっと細部まで覚えておく価値のあるものだ、と、わたしは卒業の折にすでに、ひとり思ったものでした。そういう早熟な判断を15歳のわたしにもたらしたものこそ、大村はまという国語教師の、そして大村はま国語教室の「力」そのものだったのでしょう。
教室の一隅に座って、中学生のわたしは黙ってどれほど驚き、考え、感じながら刷新されていったことでしょう。――大村先生の発することばが、大村先生その人(その考えやその心)といかに確かに結びついていたか。まるで優れた職人の作った歯車が確かに力を伝えるように、しっかりと連動していました。空転しないそのことばの在りようそのものが最も突出していて、わたしはそれをうまく説明できないまま、すごいすごい、と思い続けました。容易に真似できないことはすぐにわかったのですが、それでも耳の奥に保存し続けました。そしてそういう先生のことばが、どんな具合に自分の頭を刺激し、ゆらりと始動させたか。あの不思議な伝達力はいったい何だったのか。そういう刺激を一刻一刻と受けながら、何か(たとえそれがどんなに小さなものであったとしても)を掴んだときの「わかった!」「そうか!」というあの明るい感覚、あるいは、わかりそうでわからないもどかしさとくやしさ、よいてびきによいタイミングで出会ったときの何かがほの見えそうな手ごたえ、自分の力がもっともっと伸びていくことを願う気持ちとうれしい予感、その裏側にいつもひそんでいた「まだまだ先は遠い」「知の世界は果てしなく広そうだ」という心細いような、それでいて期待に満ちた世界観……。わたしたちだけのための単元学習を作り続ける大村先生の、専門家としての厳しさと激しさ、誇りが、たいそうかっこよかったこと。そうしたことを始終振り返り、味わいなおしてきました。それで、私はどこか半分中学生のような気分を残して、つまり、大村はまの現役の生徒でありつづけて今に至っているように思います。
このたび大村はま記念国語教育の会理事長になりました。このポストに「大村教室の一方の当事者」としての自分がいること、また、晩年の恩師のことばを聞きとめる機会を得た者としての自分がいるということは、意味があることだ、と思いたい。大村はまを直接知る人が減っていく一方の現実の中で、わたしはあの教室をなんとかみなさんの認識の中に存在しつづけさせたい。時の流れに逆らう錨のような役割を果たしたい。大村単元学習の何があんなに中学生の私を捉えてはなさなかったのか、大村はまという人のことばの迫力や引力、その厳しさと優しさの混じり具合、そうしたことを当事者としてありありと受け止めたわたしがすべき仕事がきっとあるだろう……。
理事長という似合わない役目も、その一点において許されることを祈ります。
知の達人としての大村はま先生
大村はま記念国語教育の会 第二代会長 湊 吉正
大村はま先生の歩まれた足跡、達せられた境地を表現する一例として「知の達人」という言葉が想起されます。大村はま先生は、生涯、生徒たち一人一人をすぐれた言語生活者に育て上げることを目指されながら「教えること」の経験を積み重ねられることを通して、「知の達人」に到達されました。 大村はま先生は、また一面から見れば「教育的英知の体現者」ともいうべき存在でありました。それだけに、大村はま先生から私たちが学び取るべきことは、私たち一人一人の学び取る姿勢に応じて、大海のように無限に広がっているように思われます。 大村はま記念国語教育の会の事業として、全国各地の研究会において、大村研究が進められております。それらが、ともに学び合う会として実り豊かな研究集会になりますように。皆様のご参加・ご入会を期待しております。
研修の場としての本会
本会前理事長 安居 總子
今いちばん心配なことは、若い人たちが「大村はまを知らない」ということばに象徴される、教育の不毛ではないでしょうか。その心配は、教員の資質向上のための教員研修のあり方を模索するという形になって表れています。だからこそ、大村はま記念国語教育の会の研修のありようが、研修の一つの形として重要な意味を持つと考えられます。「研修に参加してよかった」「なにか心の中にずっしりと重たいものが残った」「これならモチベーションを持続できそう」といった声の上がる触れあい、語り合い、学びあいの「場」としてこの会があること、そしてありつづけること。本会の意味はそこにあると自負しております。
教育者の見本としての大村はま
本会初代会長 倉沢栄吉
大村はま(敬称略)を『日本人名辞典』(講談社2001)には、次のように記してある。「昭和・平成時代の国語教育研究家。明治三十九年六月二日生 (中略)五十二年間の国語教育から大村単元学習として知られる授業方式を生み出す(以下略)」
この文言は間違っていないが、完全ではない。大村は単なる国語教育研究に終始したわけではない。教育者として一生を送ったが、西尾実が言うように「国語教育こそ教育である」(国土社の『国語の教育』創刊号巻頭の論文)を受けて規定すれば、「教育者」の見本とすべきである。単元学習の創始者として考えられているが、「大村単元」などと決めつけるのは当たらない。単元学習は学習者側からの発想であって、大村が作ったわけではない。「学習」の二文字が大事である。大村をはじめとする多くの実践家が単元学習者を支援し指導したのである。大村単元といってしまうと、型にはめてしまうことになる。大村が単元学習を育て上げた実践のあとを振りかえり、さらに発展させていこうとするとき、改めて「学習」の二文字を大切にしたい。