大村はま奨励賞

2023年度 第8回大村はま奨励賞 受賞者決定

2023年度第8回大村はま奨励賞は埼玉県鴻巣市の廿樂裕貴氏に贈られた。さいたま大会の実践発表でその知恵とエネルギーを注ぎ込んだ過程が詳細に語られた。以下に実践研究論文の概要を掲載する。審査員団の講評は会報はまかぜ56号(5月発行予定)に掲載の予定。なお廿樂氏には賞状と副賞10万円、そして帝国器材株式会社提供の「黄金の椅子」復刻版が贈られた。

子どもひとりひとりが「創作する人」になる試み

鴻巣市教育委員会教育部学校支援課 指導主事

元鴻巣市立赤見台中学校 主幹教諭 廿樂 裕貴

中学校2年生の終盤に蔓延った「受験」という言葉がもたらす不安感や焦燥感を超えて、生徒達が学ぶことの楽しさを味わい、学びへの期待感をもって進級するには、最後の単元としてどのようなものがよいのかを考察した。そのような中で、生き生きと自分のノートに創作をし続けるある生徒の姿を起点に、本来ひとりひとりがもっている新しいものを生み出すエネルギーをもつ「創作する人」を育てるために、物語創作の単元を生み出すことにした。

そのためにまず、教師自身が楽しんで創作できる方法を探究した。続き物語や実体験に基づいた創作ではなく、無から有を生み出す創作の楽しさを味わえる、作家田丸雅智氏のメソッドに出会った。このメソッドは言葉同士を衝突させることによって、「物語を生み出す言葉」を作るものだが、実際に創作してみると、ユニークな物語を編み出す仕掛けに驚いた。この楽しさを子供達と味わいたいと思った。

次に、ひとりひとりを想像しててびきを用意した。言葉同士の衝突がうまくいかずに、伝えたいことを発見できない生徒に、伝えたいことが見つかっても、発想をすることが難しい生徒に、構想を練ることができても、描写をすることに課題がある生徒に、というように、ひとりひとりに手渡すようにてびきを作成した。また創作の楽しさが消えぬよう、正解探しにならぬように、てびきを渡す時の心構えやタイミングも含めててびきの在り方を検討した。

本稿の中心では、授業中の生徒の記述や発言の分析・考察を行った。どのようにして、ひとりひとりが「創作する人」になっていったのかをつぶさに見ていった。第1時では書きたいことが見つからない生徒が「物語を生み出す言葉」を見つけた瞬間を述べた。第2時では、物語が広がっていく多様な姿をまとめた。第3・4時の下書き段階では、家で書いてきたり、描写にこだわったり、作家と編集者のように助言し合いながら書いたりと、自由な創作活動する生徒達の姿を分析した。第5時ではこれらの生徒達に、最後のてびきとして教師のアドバイスをするべきだったのか、否かについて考察した。そして134人全員の物語のタイトルを掲載した。

できあがった作品を文集にする過程、田丸氏に贈呈し、図らずも感想が帰ってきた時の喜びを、彼らの記述から拾った。

最後に成果と課題について考察した。それぞれのてびきは適切だったのか。単元中の記述と彼らの姿、また事後にとったアンケートの記述から省察した。学年末に編纂した、彼らの学習記録の記述からも本単元を俯瞰的に分析した。

本単元を通して、134人の生徒達が自分の物語を自らの力で作り出すことができた。ひとりひとりが本気で「創作する人」になった時の、彼らのエネルギーと喜びを届けたい。

2022年度 第7回大村はま奨励賞 

 数井千春氏(学芸大学付属小金井中学校教諭)

11月6日の研究大会【横浜元街小学校大会】で授賞式が行われ、数井千春氏に賞状、副賞10万円と大村はまの「黄金の椅子」復刻版(帝国器材株式会社寄贈)が贈られました。

2022年度第7回大村はま奨励賞は、慎重な審査の結果、東京学芸大学付属小金井中学校の数井千春さんの実践研究「卒業単元『学びをテツガクしよう』」と決まった。積み重ねた学習記録を「学び」の足跡として振り返り、「学ぶこと」について考えを持ち、深く話し合い、五年後の自分へメッセージを書く、という長期にわたる取り組みは、一貫して真摯、誠実かつ的確であり、審査員からの評価は非常に高かった。

その実践研究は、横浜元街小学校大会冒頭の数井さんの発表の前半部分を占める(本会会報特別号『渦中4』に掲載。審査員からの講評は、会報「はまかぜ」53号に掲載。)

晴れの授賞式の舞台に、数井さんは新型コロナ感染のために立つことができなかったが、研究仲間の中田さん、荒井さんが代わって、賞状と副賞の金封、および帝国器材株式会社寄贈の「黄金の椅子」復刻版を受け取った。友人としてのスピーチは、友人だからこその喜びと誇らしさの籠ったものとなった。

【受賞挨拶】

黄金の椅子と青国研と

東京学芸大学附属小金井中学校 数井千春

このたび第7回大村はま奨励賞副賞としていただいた椅子は、いま、教室で、職員室で、いつも私の傍らにある。丁寧に作り込まれ美しく滑らかで、温かな存在感がある。うっかり教室に置き忘れても、生徒たちは私がこの椅子を大切にしているのを知っていて、両手で大事に抱えて、すぐに職員室に届けてくれる。

この椅子を持つまでは、片膝をついて生徒と話してきた。黄金の椅子の話は知っていたが、教室に持ち込む教材は多く、椅子まで持って行くのは面倒だった。けれど、せっかくいただいたからとこの椅子を使い始めて気づいたことがある。これまでは無意識のうちに、一人の生徒と話しながらも、教室全体を気にしていた。次の生徒のところに行かねばと焦っていた。だが、そのような気持ちでは対話したことにはならないのだ。

一人の子の隣に腰かけ、その子の目線に自分の目線を合わせると、ゆったりとした気持ちで、その子の言葉を聞くことができる。その子の視線の先を想像し、その子が見ている世界、見ようとしている世界、生きている世界に浸ろうとすることができる。そのような構えで座り、そっと話しかけると、原稿用紙をじっとみつめ固まっていた生徒が、少しずつ話し出す。今迷っていること、考えていること、書きたいと思っていることをぽつりぽつりと話し始め、次第に熱心で楽しそうな顔になってくる。

実際、ほんとうに楽しいのだ。私にも経験があるからよくわかる。じっくり自分の考えを聞いてもらい話し合える時間はとても楽しい。それができるのが青国研の場である。東京都中学校青年国語研究会。青国研の師と仲間は、いつも私の授業の話を聞き、自分の教室のことのように捉え、問い、考えてくれる。青国研で実践を検討し合っていると、自分の中に探究的なエネルギーがじわじわとたまり、新たな道を拓いてゆける気がする。だが、例会に参加した翌朝はいつもきまって、もやもやとした感情が渦巻く。優しく温かい場であったにも関わらず、自分の問題に突き当たるのである。

青国研ではとにかくたくさんの質問が出る。報告された実践を自分の教室に生かすために、どうしても聞いておかなくてはならない、自分の教室をより良くするためにぜひ知りたい、深く考えたい。そのような質問が次々と出る。質問の形をした反論でも指摘でも主張でもない。ほんとうの質問である。だからこそ聞かれた方も見栄を張ったり、取り繕ったりすることなく、まっすぐに自分の実践をみつめ直すことができる。楽しく力をつける授業をしたいと切実に願う人たちの問いの中に身を置き、共感したり違和感を探ったりしながら考えているうちに、ふと問いが生まれる。この問いこそが自分の教室を少しだけ良くするためのヒントであった。

そのように考えると、教室でこの小さな椅子に座り、生徒と話している今の私は、まだまだ、子どもたちと対話ができているとは言い難い。その子が考えていることを自分事として聞くには、どうすれば良いのか。どのような聞き方をすれば、その子が自分の考えをみつめ直し、問いを見出すことができるのか。生徒たちがそれまでの答えを捨て、あるいは土台として、自分で成長してゆくために必要なことは何なのか。仲間として対等に、かつ教師として教えるべきことを教えるとは、どういうことなのか。学び合える仲間の価値を実感させるにはどうしたら良いのか…。多くの課題が山積している。

本会研究大会の数日前に新型コロナウイルスに感染し、自宅療養をすることになった。大会では実践報告をすることになっていたが、どうすることもできない。代理発表の案が出たとき、青国研の仲間の顔が真っ先に思い浮かんだ。誰に頼んでも快く引き受けてくれそうな気がした。実際、荒井佳子さんと中田由記さんが快諾してくれて、私自身が準備していた内容よりもはるかにわかりやすく、深く実践を語ってくれた。私の実践を、私自身よりもよく理解し、丁寧に熱心に語るお二人の姿を画面越しに見ているうちに、同じ志をもって学び合える仲間がいることがありがたくて、胸がいっぱいになった。

お二人の他にも、青国研の仲間の先生方にはいつも助けてもらっている。甲斐利恵子先生を中心に、いつもみんなで笑い合って美味しいものを食べ、真剣に語り合っている。そして安居總子先生は、いつも私たちの学び合いを温かく見守り視野を広げる言葉をくださる。子どもたちが生き生きと豊かに学び合える教室を創るために、まず私自身が師に学び、仲間と学び合いながら、楽しく力をつけてゆきたい。

 

第9回大村はま奨励賞実践論文募集中

【「大村はま奨励賞」設置の趣旨】

 大村はま(1906~2005)は、一人ひとりの子どものことばの力を育てるために、比類ない国語単元学習を実践しつづけました。本会の初代会長であり、長く日本国語教育学会会長であられた倉澤栄吉先生は、21世紀にむけて「単元学習が必要欠くべからざるものである」ことを強調しておられました(『国語学室の思想と実践』東洋館出版社1999年など)。大村の遺した質・量ともに圧倒的な実践と、その底を流れる深い教育的見識は、今日もなお、教室の糧とすべきものです。

 大村はま奨励賞は、45歳以下の教員による優れた国語単元学習の実践を顕彰することを通じて、ことばを育てる専門家としての教師の働きにきめ細かく目を向け、国語単元学習の意欲的な実践を励ますことを目的とします。

【賞の内容】年間一件   正賞 賞状  副賞 10万円

             「黄金の椅子」復刻版(帝国器材株式会社より)

【審査委員】

甲斐雄一郎(本会会長 筑波大学名誉教授)

桑原隆(筑波大学名誉教授)

村井万里子(鳴門教育大学名誉教授)

浜本純逸(神戸大学名誉教授)

苅谷夏子(本会理事長 事務局長)

大村はま記念国語教育の会常任理事会

【応募条件】

小・中学校、高等学校等における国語単元学習の優れた実践を研究的姿勢でまとめたもの。

大村はま実践に学ぶことで得た指針・着想・目標などが明確に示されていること。

基本的姿勢:学習者のことばの力を伸ばし言語生活を豊かにするため、一人ひとりの実態を捉え、実の場での学びを工夫・提案する。教師の研究的姿勢が、実践とそのふり返りに表されている。

取り組みの例

思わず深く読む読み手を育てる単元,主体的な学習者を育てる学習記録の指導,書くことを習

慣とするための取り組み,いきいきとした書き手を育てる単元,確かに聞く姿を実現する単元

発言したい種を持って行われる話し合いの指導,互いが育つ交流の実践、豊かな読書生活の指

導、古典に親しむための単元,等。

具体的手だての模索:こどもの発想を拓き、自ら学ぶ姿勢に導くてびきの工夫 等。

  単元構想・教材が魅力的であること。

2022年4月以降の実践であること。

継続的単元、帯単元、共同実践研究も対象とする。

 応募者は応募時に45歳以下の本会会員であること。

大村はま記念国語教育の会理事からの推薦があること。(本会理事は1年に1件の推薦ができる)

【応募方法】

2024年8月31日必着で下記書類一式を本会事務局に郵送してください,

《提出書類》 ①応募用紙 1部  ②実践の概要(A4で1ページ、1000字程度)1部

③実践研究論文(A4で25ページ以内。 文字、図表などは小さすぎないようにする)12部   

④本会理事による推薦書(1ページ)1部

*応募用紙、推薦用紙は事前に事務局までご請求ください。お問い合わせも下記まで。

大村はま記念国語教育の会事務局 

275-0013 習志野市花咲1-20-23 苅谷方  hokokugo@gmail.com

 

 

 

〈大村はま奨励賞の歴代受賞者〉

第1回大村はま奨励賞  山本賢一氏 (埼玉県川口市戸塚北小学校)

「知ろう『川口の私』『ロンドンのあなた』」

 ~自分らしく楽しく書き、お互いが育つ文集交流を目指して~

ロンドン日本人学校補習校の河内知子氏との二年度にわたる共同研究。互いに自分たちを知らせる文集を作成し、交換、感想の交流をした実践。実の場で意欲的に、かつ誠実に取り組んだ点が高く評価された。

第2回大村はま奨励賞 神田さおり氏(埼玉県深谷市立明戸中学校)

「『思い』を読むことで古典に親しみ、豊かな心を育てる学習指導の工夫 

  ―三年間を見通した言語活動を通して―」

中学校三年間で、段階を踏みながら「古典に親しむ」取組みを重ね、高校での古典学習への接続までを見据えた、厚みのある実践である。「卒業単元『学びをテツガクしよう』」と決まった。積み重ねた学習記録を「学び」の足跡として振り返り、「学ぶこと」について考えを持ち、深く話し合い、五年後の自分へメッセージを書く、という長期にわたる取り組み。

第3回大村はま奨励賞 藤田賀史氏(徳島県徳島市佐古小学校)

「『ひととの出会い』を通じて心に平和のとりでを築く学習指導 

    ―新聞を学習材として活用して―」

藤田氏が長く集めつづけた膨大な量の新聞記事を生かし、原爆ドームや戦争、平和に確かな目を向けさせようとする実践であった。

第4回大村はま奨励賞 藤井美幸氏(岩手県雫石町立雫石中学校)

インクルーシブ教育を踏まえた主体的な学びを実現する単元学習  

 ー多様な学習者が対等に学習に参加する古典入門単元の実践ー

「竹取物語」のパロディ化という試みによって学習意欲を誘い、古典入門単元の可能性を果敢に広げようとした。大村はまの「優劣のかなたに」を見据えた試みである。

第5回大村はま奨励賞 阿部千咲氏 (横浜市立大鳥小学校)

「どの子も自分のことばで考え表現し、ことばの魅力に気づき、ことばを育んでいく単元学習を目指して」

伝記と自伝の読み比べから、10年後の自分へのビデオレターを作る試み。また独自の星野道夫オリジナル写真集を編集する試み。魅力的な単元を長期的な視野で展開した。

 第6回大村はま奨励賞 該当者なし

第7回大村はま奨励賞 数井千春氏(東京学芸大学付属小金井中学校)

「卒業単元『学びをテツガクしよう』」

丁寧に積み重ねた学習記録を「学び」の足跡として振り返り、「学ぶこと」について考えを持ち、なかまと深く誠実に話し合い、五年後の自分へメッセージを書く、という長期にわたる取り組み。