大村はまとは

大村先生 004

「研究」をしない教師は先生ではないと思います。まあ、今ではいくらか寛大になって、毎日でなくてもいいかもしれないとも思ったりしますが。(略)子どもというのは「身の程知らずの伸びたい人」のことだと思うからです。一歩でも前進したくてたまらないのです。そして、力をつけたくて、希望に燃えている、その塊が子どもなのです。(略)研究をしていて、勉強の苦しみと喜びをひしひしと、日に日に感じていること、そして伸びたい希望が胸にあふれていることです。私はこれこそ教師の資格だと思います。

「教えるということ」より  大村はま

大村はまは、1906(明治39)年横浜市に生まれ、開明的な空気に溢れたこの港町で育ちました。昭和の初めに東京女子大学を卒業の後、長野県諏訪市の諏訪高等女学校に赴任。言語感覚の鋭い、学ぶこと・教え育てることの機微をよく知った誠実な教師として信頼を集めました。その後、東京府立第八高等女学校へと転任。すぐれた生徒たちを育てますが、戦中、慰問袋や千人針を指導し、学校が工場になる事態まで経験します。

大村はまを大村はまたらしめたのは、敗戦の荒廃に苦しみ抜いた末に、できたばかりの新制中学校への転任を決めてからの奮闘でした。
机も椅子もない、教科書もノートも鉛筆もない焼け跡の教室。はいてくる靴がなくて、欠席する生徒もいる。長い混乱と窮乏の中で、勉強からすっかり離れた子どもたち。あったのは、晴れて全員があこがれの中学生になったという明るさと、民主主義教育に戦後の活路を見出そうとする希望だけでした。その中で、大村はまが必死で取り組んだ実践が、後に国語単元学習と呼ばれるようになったものでした。古新聞の記事を切り抜いて、その一枚一枚に生徒への課題や誘いのことばを書き込んで、100枚ほども用意し、駆け回る生徒を羽交い締めにして捕まえては、一枚ずつ渡していった。その時のエピソードは、大村の代表的著書『教えるということ』の感動的な一節となっています。

1979(昭和54)年に教職を去るまで、大村は、目の前の子どもたちのことばの力を育てるために、単元計画をたて、ふさわしい教材を用意し、こどもの目をはっと開かせる「てびき」を用意して、ひたすらに教えつづけました。大村教室でことばの力と学ぶ力を手にして巣立った教え子は5000人と言われています。

退職後も、大村は国語教育研究から離れませんでした。90歳を超えるまで、新しい単元を創りつづけ、そのためにも膨大な数の本を読み続けました。教える人は、常に学ぶ人でなければならない、ということを自ら貫きました。
晩年を迎えた大村は、いくつもの問題意識・危機意識を持っていました。たとえば次のようなものです。
・こどもの語彙の貧困 ・話し合うことを育てていない現実(大人たち自身が話し合えないという事実) ・評価が人を育てるためのものになっていないこと(人と比べて成績をつけるため、合格・不合格を決めるためのものでしかないこと) ・優劣にとらわれて、子どもも教師も学ぶ喜びとかけ離れた場所にいること ・命令形で指示するのでなく「てびき」をすべきなのに、それができていないこと ・空疎なことばが溢れていること・・・

98歳10ヶ月で大村は亡くなりましたが、その前日まで推敲を進めていた詩が「優劣のかなたに」です。人間にとって宝のような存在である「ことばの力」。それを育てていくこと、学んでいくことは、本来、この上なく明るい試みであるはず。その明るさを知っていた大村であったからこそ、教え、育てる仕事に、惜しみなく一生を捧げたのでしょう。

優劣のかなたに

優か劣か
そんなことが話題になる、
そんなすきまのない
つきつめた姿。
持てるものを
持たせられたものを
出し切り
生かし切っている
そんな姿こそ。

優か劣か、
自分はいわゆるできる子なのか
できない子なのか、
そんなことを
教師も子どもも
しばし忘れて、
学びひたり
教えひたっている、
そんな世界を
見つめてきた。

学びひたり
教えひたる、
それは 優劣のかなた。
ほんとうに 持っているもの
授かっているものを出し切って、
打ち込んで学ぶ。
優劣を論じあい
気にしあう世界ではない。
優劣を忘れて
ひたすらな心で、ひたすらに励む。

今は、できるできないを
気にしすぎて、
持っているものが
出し切れていないのではないか。
授かっているものが
生かし切れていないのではないか。

成績をつけなければ、
合格者をきめなければ、
それはそうだとしても、
それだけの世界。
教師も子どもも
優劣のなかで
あえいでいる。

学びひたり
教えひたろう
優劣のかなたで。

【 鳴門教育大学附属図書館  大村はま文庫 について 】 

徳島県鳴門市の鳴門教育大学附属図書館2階には、大村はま文庫があります。昭和の初めから約半世紀におよぶ大村はま教室の実践を物語る貴重な資料がここに集まっています。大村はま寄贈の約2000冊におよぶ生徒の学習記録、単元学習実践資料約500冊、文献6300冊などが圧倒的な実践を伝えています。ぜひひたすらな教室のありさまをご覧ください。